鬼灯



 教えてもらった住所を頼りに行ってみると、閑静な住宅街の一角にその家はあった。門をくぐって家の敷地に入り、石畳の上を玄関へと向かって歩いていった。広く頑丈なつくりの玄関の扉の横には去年から飾ってあったのだろうか、すっかり枯れてしまっている鬼灯の薄いオレンジ色が目に付いた。

 チャイムを鳴らし出迎えてくれたのは年の頃40半ばの品のいい女性だった。きっとこの人が今日の相手の母親なのだろう。居間に通され、落としたてのコーヒーを片手に私はその女性の話を聞いた。

 私が仕事をする前に相手の素性を知る事などこれまでは皆無だった。当然相手の素性など知る必要も無く、知りたくも無かった。私と相手との間に存在するのはお金とそれに見合うだけの時間と行為だけであって、その他の情報は必要無いものなのだ。

 しかし今回だけは聞かないで過ごすと言うわけにはいかなかった。依頼者と相手が違うと言うのもその一つの理由ではあったし、今回は今まで欲しいと思わなかった相手の情報を少しは欲しいと思ったからだ。そして手に入れたのは、今日の相手は、重度の障害で体は殆ど動かないがかろうじて左手の指先だけが動くと言うことと、声は出せるが言葉として機能していないということ、そして先日19歳になったと言う事だった。

 話を聞き終わりお金を受け取った。居間を離れ、相手の待つ部屋の前まで案内された。そこで母親から、ついさっき相手の体を綺麗にしておいたと告げられ、それからこの家の合鍵を渡され、母親は2時間ばかり家を空けるので行為が済んだら家の鍵を閉め、鍵を新聞受けの中から家の中へ放り込んで欲しいと頼まれた。

 母親が玄関を出て鍵を閉めると同時に私はその部屋のドアを開けた。6畳ほどのその部屋はレース越しに射す西日にオレンジ色に染まっていた。その中で汚物入れに使っているのであろうか、蓋付きのポリバケツだけが異様に水色に光っていた。

 部屋のドアを閉め、コートを掛けた。目の前のベッドに横たわる彼は私の存在に気が付いたのであろうか左手の指先を微かに動かしていた。私はベッドの横に跪き彼の顔を覗き込む。どんなに見つめても目線のあわない彼の目をじっと見つめ、頬に手をかざしそっと口付けをした。

 口付けをしている間、私は私をお金で買った男達の事を思い出していた。そしてお金さえ払えば私を抱く事が出来る彼らとなんら変わり無い欲求を持ちながら、決して私を抱く事が出来ない彼を、私は抱いてあげなければいけないと薄ぼんやりと考えていた。

 彼の着ている浴衣を肌蹴させ、唇で愛撫を続けながら私は服を脱いでいった。そして全裸になった体が良く見えるように彼に馬乗りになり、再び彼の目を見つめた。それから彼の重たい左手を彼の胸まで持ち上げ、私の股間にあてがう。

 先程となんら変わり無い指先の微かな動きが、私の敏感な部分を緩やかに刺激していった。慣れている私の体はすぐさまそれに反応した。そしてゆっくりと左手をベッドに置き、少し後ろに下がって私は彼の股間に避妊具を付け、それから自分の股間を押し当てた。

 三度見つめた彼の表情は先程となんら変わりなかった。ただ彼の股間が時折私の中で脈打つのは感じる事が出来た。私はゆっくりと腰を動かし彼の時が来るのを待った。両手を広げ握り返す事の無い彼の両手を握りながら。

 彼の時が来るのを待つ間何故だか、「国もここまでしてくれないですし、私も出来ませんから。」と言う母親の言葉が頭をよぎった。オレンジ色に光る彼の顔を見つめながら私はその言葉の意味を考えていた。しかし彼が果ててしまうとそんな事も忘れ、ゆっくりと彼の上から降りた。

 後始末をし彼の浴衣を元に戻し、足元にあった毛布を掛けておいた。コートを着て彼に別れを告げると彼は初めて言葉を発した。しかし私にはそれは聞き取れず、聞き返そうともせずに部屋のドアを閉めた。

 家の玄関の鍵を閉め、言われたとおりに鍵を新聞受けの中に放り込む。相変わらず枯れている鬼灯に私は手を伸ばし抜き取った。静かな音を立てて鬼灯の殻は私の手の中で崩れ去った。そして手の中に残った干からびた薄オレンジの玉を手の平で転がしながら門を出た。手の平をじっと見つめながら私はさっきの母親の言葉をまた思い返していた。



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