欠けた部分



 少しずつ荒れた息が戻りつつあるのを感じながら、それでもまだ目の前の真っ白さが抜け切らぬ頃、聡志は私と同じように半分ぐらい息を切らしながら私にこう話しかける。

「ねえ・・・どうして女の子がチンチンを欲しがるか知ってる?」

 その台詞を聞いて私は戻りかけていた呼吸と動悸が再び激しくなるのを感じてしまった。それはさっきまでの行為の最中に、きっと無理矢理言わされた言葉を聡志が思い出していると思ったからだ。それと同時にこの人はなんて事をなんて時に言い出すのだろうと思い、少しだけ怒りながらこう言ってみた。

「知らないわよ、そんなの。」

 私がそう答えると、聡志はクスクスと笑いながら話し始めた。

「いやあ、エリカがどうの、って言ってるんじゃなくてさ。」

 多分、行為の最中よりも真っ赤になっているであろう私の顔を横目で見ながら聡志は言う。聡志はいつの間にかセブンスターに火をつけていて、呼吸はすっかりと落ち着いていた。目線を下へずらすとうっすらと汗ばんだ聡志の胸元が目に入った。そこにはいつの間にかつけてしまったのか赤く濃い内出血の痕が付いていた。

「この間さ、心理学っていうか、そんな感じの本を読んでさ。」

 聡志が続ける。

「今じゃどうか分からないけれど、心理学上における男と女っていう認識で、女っていうのは男ではないもの、っていう考えがあるらしくて、」

 再び動悸と呼吸が落ち着いてくるのが分かる。私は聡志の全てが好きで好きで仕方ないのだけど、特に好きなのはこの声だ。どちらかというとかすれ気味の聞き取りづらい声なのだけど、私の耳の中に妙に共鳴する音を発しているらしく、私は聡志の声、言葉を聴くたびにうっとりしながら、或いは今みたいに心が落ち着いてい来るのをいつも感じる事が出来たのだ。

「そういう解釈でいくと、男ってのはほら、チンチンが最初から付いてるじゃない?だから自分で最初から男だ、って認識できるらしいんだよ。でも、女の子は最初から認識できないものだから、ある意味不完全な、何かが欠けている存在として認識するらしいんだよ。」

 こういう面倒な話をする時の聡志はいつも饒舌だ。きっと今日も私は聡志の言う事の半分も理解できないのだろう。でもそれでもいいんだ。私にとってはこうやって聡志の声を聞き続けることが出来るのは、先程の行為、セックスの次に幸せな時間だろうから。

「それで欠けていると無意識に認識する事によって求めるようになる。つまりはチンチンをね。無意識下のうちにチンチンを自分の体の中に取り込んで、欠けた部分を埋めて女である事を認識して、何か分からない不安、欠けている存在という不安から逃れるという訳。」

 私は半分眠りかけていた。余りにも聡志の声が気持ちよ過ぎて、最後の方は殆ど聞き取れずに居た。そんな空ろな時に聡志の香水の匂いが鼻をつく。少しだけ驚いて目を開けたときには聡志の胸の内出血、私がつけたキスマークが目の前にあった。

「ねえ、聞いてる?」

 そう聡志が言うのが早いか遅いか、聡志の左の指先は先程から少しも乾く事の無い私の股間へと伸びていた。聡志の右腕は私の首と肩をすっかり囲ってしまっていて、聡志の質問に首を縦に振るのも難しいぐらいだった。

「エリカがさ、最近いやらしくなったと思って。でもさ、それって不思議な事じゃないんだよ。僕が言ったさっきの心理学がエリカにも通用するとしたら、極当たり前の事なんだよ。」

 何も声を殺す場面でも場所でも無いのは分かっていたけど、先程よりも軽やかにそして敏感に動く聡志の指に、どうしてだか私は必死で声を殺していた。私の中ではひとつだけ認めたくない事実を聡志は私に突きつけようとしていたからだ。

「エリカがさっき、『聡志のが欲しい』って言った時、この心理学の話が本物に思えてさ、そしてその後僕も感じたんだよ、エリカとの一体感を。つまりはあれは僕がエリカに言わせたんじゃなくて、エリカが言いたかった、僕のを欲しがってたって事でいいんだよね?」

 認めるも何も、欲しくて仕方なかった。ただそれを言葉にするのは恥ずかしすぎて、或いは言う事で聡志に嫌われるのでは無いのかと思ったり。でもそれも聡志の話してくれた心理学の話を踏み台にしてしまえば当たり前の事なんだ。私は確かに何か足りない存在で、どこか欠けている存在で、それを聡志ので埋めて欲しくて仕方なかったんだ。

 こうやって聡志が時折見せるサディスティックな一面と、今顔が押し当てられた胸に立ち込める香水の匂いと、私の底なしのいやらしさは決して私だけじゃなく、それは聡志に対してに限っての事だけど、極当たり前の事なんだという安心感とで私の頭の中は既にとろけ始めていた。

「うん・・さとしのが・・また・・・ほしい・・・・」

 激しく動く聡志の指に呼応する私の体と心。先程あんなにも満たされて、欠けた部分を埋めてもらったはずなのにまた埋めて欲しくて、欠けた部分を聡志ので埋めて欲しい自分が居るのに気が付く。そして私は聡志が相手ならどこまでもいやらしくなっていいんだ、と自覚し始める。

 それを確かめるように、それを私の体に聞かせるように聡志は再び私の欠けた部分を埋め始める。





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