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カプチーノ 午後の人気の少ない喫茶店で、ぼんやりと外を眺めながら彼が来るのを待っていた。「こんな時にも遅刻してくるんだあの人は」、とすっかりあの人を諦めてしまった事が間違いじゃ無かった事を確認するかのような時間が続いていた。あの人を待つ時間がそれ程長くないと思い始めたのはいつの頃からだったのだろうか。 カプチーノを飲み終える頃、何気にあの人との今までの事を思い返していた私の頭の中に、メロディーと一緒にその歌の歌詞が飛び込んできた。今まで気にも留めていなかった喫茶店の有線の曲が変わって耳に入ってきた。聞いた事の無い歌だったのだけど、多分私の中のどこかに触れたのだろう。 ’何よりもあなたに逢って触れたいの 全て味わって確かめて イーヴンな関係に成りたい 変わりゆくあたしの温度を許して もし我が侭が過ぎて居ても 黙って置いて行ったりしないでね’ その歌詞に誘われるように私の頭の中で色々な思いが交錯し始めた。出会い始めの頃から、今に至るまで。私があの人の事をどんなにか好きだったか。あの人をどれだけ理解しようとしていたか。どれだけ言葉にしたことか。どれだけ態度にしたことか。それで何も変わらなくても、それでもどれだけ大好きだったか。 指折り数えられるぐらいのあの人の優しい瞬間だけが、ほんの少ししか無い私の心を満たしていた。あの人の手と私の手が繋がりながら、何処かを歩ける瞬間など嬉しくて嬉しくて。朝起きてその背中が目の前にあるだけで、あの人がそこに居るというだけで涙が出そうになるぐらい。 ’桜の散る午後にもちゃんと二人は 今日と同じ様に人混みを 擦り抜けられるかしら それぞれが只忙しくて居たら 引く手の加減も曖昧に 忘れちゃいそうでで不安なのに’ そんな事を色々思い出したり考えたりしていても、所詮過去の事に過ぎなかった。昨日まではそんな事も全部過去じゃなくて、未来へ繋がる事全てへの前触れだと思っていたのだけど。それも昨日まで。昨日のあの人のあの言葉が私の中に楔を打ち込んだ。 ’あなたが此処に居る約束など 一つも交して居ない 何時の間にか淡色が当たり前に香り 二人を支配しそう’ 打ち込まれた楔は痛くもなくて、むしろ心地いいぐらいの感触のものだったのだけど、昨日あの人と離れて一人になってから、ゆっくりと考えながらその楔をそっと抜いてみた。その後、どうにもその楔で出来た亀裂が埋まっていかない。埋まっていくどころか私が未来へ繋がるものだと信じていた事が次々とその亀裂から溢れ出して来た。 泣きながら私はそれを必死になって止めようとした。その亀裂も塞がるものだと信じて色々な物を詰め込んでみた。でもどうしてもダメだった。その後私はその亀裂から溢れ出す物を見ながら只泣く事しか出来なかった。溢れ出す物が無くなってしまうと私の涙も自然と止まり、亀裂も元に戻っていた。 溢れ出し続けた物は私の部屋を埋め尽くしていた。私が身動き出来ないぐらいに部屋に広がっていた。だけど朝日にそれが照らされるとそれは音も立てずに姿を消していった。そして私の中が空にになって、体を左右に振るたびに聞こえる小気味いい心臓の音を2、3度確認してからあの人に電話をした。 ’誰よりもあたしをちゃんと見透かして 口の悪さや強がりは”精一杯”の証拠だって’ 2杯目のカプチーノを注文した。気になっていた歌も終わりそうだ。置いて行かれたのは私だったのか、あの人だったのかと頭を過ぎったけど、そんな事すらも私の頭にも心にも引っかからなかった。もっと我儘だったらどうだったのだろうか、とか。イーヴンだったらどうだったのだろうか、とか。何処にも引っかかるものは無かった。 ’何よりもあなたに逢って触れたいの 全て味わって確かめて イーヴンな関係に成りたい 変わりゆくあたしの温度を許して もし我が侭が過ぎて居ても 黙って置いて行ったりしないでね’ あの人が来た。 挿入詞 カプチーノ シーナ・リンゴ |