金木犀



 他愛の無い話が終わって夜の静寂が訪れる。それほど暑くは無いのに君の傍にいるせいか、何故だか妙に暑さを感じて立て付けの悪い窓をほんの少しだけ開ける。その窓の隙間からは今にも雲に隠れようとしている黄色く不恰好に欠けた月が見えた。差し込む風には金木犀の橙色の香りが乗っていた。

 夜の静寂は君の声で終わりを告げる。僕は昼間に溜め込んだ世の中の喧騒を君の中に吐き出す。一晩中かけて君の中へと吐き出し続ける。君がその行為をどう捉えようと僕は一向に構わない。それを愛と呼ぼうと、排泄と呼ぼうと。

 月が雲に完全に隠れて雨が降り始めると、部屋中に漂っていた金木犀の香りが消えた。その代わりに僕と君の匂いが立ち込める。やがて雨が上がり、夜の静寂をかき消した君の声が止まり、朝のしじまが訪れて部屋の色を白に変えるまで、混沌としだす部屋の匂いはその色を変え続ける。

 色を変えているのは君だ。僕は只々吐き出し続けるだけ。吐き出し続けながら刻々と部屋の色を変えていく君の表情を感じて、その色の変化を全身に感じている。混沌としつつも決して交じり合う事の無い色は、部屋中を極彩色に染め僕の体を包み込んでいた。

 吐き出すものがすっかり無くなってしまった僕は君の部屋を出る。錆びた階段を下りていくと、昨日とは違う道がそこにあった。昨日飽きれるほどの喧騒を抱えながら歩いてきた金木犀の垣根の続くその道が、アスファルトの黒から橙色へと変わっていた。

 昨日咽返るほどだった金木犀の香りも雨の残り香に消されていた。僕は橙色の絨毯を歩きながら、また好き好んであの喧騒を喰らいに行く。そして息も出来ないほど体中に喧騒を溜め込み、君のところへ行くのだろう。





HOME BACK