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言葉にするという事 言葉にするという事。 言葉にするという事は嘘を吐く事だと言う。ほんの一瞬で捉える事の出来なかったその言葉の意味など、覚えていたってそれは只嘘というカテゴリの中に勝手に収束されていく。ましてや”絶対”などと枕詞のついた言葉など。おいそれと発するべきでは無いと、おいそれと受け入れるべきでは無いと、皆臆病になって言葉を飲み込み、耳を閉ざす。 明日でこの世の終わりが来るのならいい。言葉を飲み込み、耳を閉ざしても。言葉の持つ意味など探らずに、只の鼓膜を振るわせる空気の振動であってもかまわない。刹那に、より刹那にその一瞬を永遠と感じてそこに全てを投じて生きても構わない。 僕は君とこの先何十年も一緒に生きたいと願っている。だから言葉にするんだ。僕の言葉なんか君からしてみれば、その殆どが嘘だ。嘘、とまではいかないまでも、にわかには信じがたい現実。少しでも条件が破綻すれば一瞬にして嘘へと転落する言葉の数々。 でも僕はそれでも言葉にする。例えばこの先君に「愛してる」と一体何回言う事だろう。それは確かに今は愛しているけど、明日も確実に愛しているという意味にはならない。でも僕は「愛していたい」と願いを含めて、その言葉を言う。 「愛していたい」、じゃ君を更に不安にさせる。だから僕は「愛してる」と言う。それだけじゃない、僕の言う言葉の殆どが、そこに僅かでも未来へ繋がる欠片が存在しているのなら、それは「そうでありたい」、「そうなりたい」という願いを込めて言う言葉。 勿論期限の決められない事だって沢山ある。言ってしまった後で、「その言葉が実現するのはいつの事だろう?」なんて思う事もある。でもそれに少しでも怯えてしまったりすれば、待ち構えてるのは本当に退屈な日々の生活だけだ。 そこまで意識して言う言葉なんか少ない。殆どが極々当たり前の会話として成されているものばかり。でもきっと無意識のうちに、未来へ繋いで行こうと思いながら言葉の全ては発せられている。確実に過去に発せられた言葉の全てはそうだったと思う。それじゃないと過去から見た未来、”今”は存在しないはず。 僕はいつだって君と「また今度」と約束したいんだ。 |