女くさい女



 子供の持つ無邪気さとは全く違うし、意識していようがしまいが男に媚びへつらうのとも違う。彼女たちは何か物事を必要とする時に、何の根拠も必要としない部分を極自然に持ち合わせている。

 そして男と何かを共有する為に、その部分を否定してしまったり放棄してしまったりしていない。故に彼女たちの取る行動の全てにおいて、犠牲だとか価値だとか、尊敬だとか尊重だとかのくだらない言葉は見当たらない。そんな陳腐な言葉を持ち出す前に彼女たちは矛先を変えている。彼女たちには誰かに説明する為の裏付けなど必要無い。

 そういう私は裏付けを欲しがりながらも、只々見ているのが楽しくて女くさい女の傍に居てしまう。





 数多の男を知り、男の傲慢さを知り、甘さを知り、みすぼらしさを知り。それでいて純粋で、真っ直ぐで、限りなく優しく、弱い。この生き物を傍に置いて生活出来るだけで私は幸せを感じなくちゃいけない。

 「女くさい女」は男と女の深くて長い河を渡る事の出来る唯一の人種だろう。そしてその河に長年かけて橋をかけるなどという悠長な選択はせず、彼女たちはその皮の水を一気に飲み干して、川底をゆっくりと歩いてくる事の出来る能力の持ち主だ。

 男は黙ってそれを傍観し、彼女を受け入れる準備と覚悟だけしておけばいい。むしろ覚悟を決めるぐらいしか男に出来ることは無いだろう。彼女たちは足元からやってくるんだ。どんなに取り繕ったって底は丸見えだ。

 光と影、太陽と月、いやらしさと誠実さ、汚らしさと純粋さ。女くさい女はそれらを全て持ち合わせていて、理解し、それでいてわがままでやさしい。そういう女の傍に居る事が出来て、眺めている事が出来るだけで私は本当に嬉しい。





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