ラストノート



 15年もの間、私はいつも目の前に居たあなたに片思いだった。駆け落ち同然で一緒になった15年前。今思うとその時から私の片思いはスタートしていた。

 どんな些細な事で貴方が怒鳴り散らそうと、他の女の匂いをどこかで感じていても、私の中で違和感と言う鐘の音がどんなに鳴り響こうとも、私はたった一つの「好き」という感情だけを頼りに生きてきた。

 私の片思いのまま二人の生活は終わりを告げようとしている。たった一つだけ持ち続けてきた「好き」という感情も、私の心の何処を探しても見つからない。かつて私の心の中の何処を見てもハッキリと見えていた「好き」という文字も、あるところは鋭利な刃物で削ぎ落とされ、また別の場所はやすりの様な物で擦り続けられて、跡形すら残っていない。

 気が付けばもう泣く事すらしていない。時には貴方の事を思い、時には自分の心の中を探ってまだいくつか残っていた文字を眺めては涙を流してはいたのだけど、その涙の水分すら使わなくては生きる事が出来なくなってきている私には、泣く事など無理な事なのだろう。

 今となってはこの15年間、貴方を必死になって振り向かせようとし続けてきた事は、時間を無駄にしたとは決して思わないけれど、なんだか物凄く滑稽な事のように思えてきた。私の片思いも二人の生活も終わってしまうことはもう構わないのだけれど、つい最近まで貴方に変わって欲しいとか、この先少しでも反省して欲しいとか、そんな事を考えていた事も滑稽にしか思えなくなってきた。

 その15年間の滑稽な事の全ては、結局は私によってもたらされたものだと思った。逆に言えば私によってもたらされたものだからこそ、尚更滑稽に見えるのだろう。只、一つだけ滑稽に映らなかったことは、「なんでもいい」と思っていた貴方の事を、「どうでもいい」と思わせてしまったのは私じゃなくて貴方だ、と言うこと。

 私の中の全ての許容を無関心へと変えてしまったのは、私じゃなくて貴方だ。これだけはハッキリと言える。しかし滑稽に映らないその事も、今となっては本当にどうでもいい事になってしまっている。

 みんな寝静まってから部屋の隅にあるソファーに腰掛ける。まるで一人しかこの大きな家に居ないような感覚もすっかりと当たり前の事になっている。私の中に貴方の残っているものは何も無くて、唯一残っているのはこの部屋に広がる貴方の香水のラストノートだけだった。





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