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鼓膜 私の右耳はすでにじっとりと汗で濡れていて、受話器を押さえる手を緩めると滑り落ちてしまいそうになっていた。これもあなたの声を聞き漏らさぬようにし、私の鼓膜をあなたの低い声で震わせる為だった。 他愛も無い会話が進んでいく中でも、あなたの声は私の鼓膜を刺激し、私の脳の一部分を緩やかに溶かしていった。低い声の中に時折混じる少し高めの笑い声もまた鼓膜に心地よく、私があなたの声に求めている安堵感の中に陶酔しきってしまわぬ為には丁度良かった。 一回り以上年の違うあなたに時折こうやって電話をしてしまうのは単純に、あなたのその声が私の鼓膜や脳に心地いいからだと思っていた。時には勝手に父の存在をあなたに重ねてみたりして、私は脳や体中を安堵感で満たしていたからだ。 しかし私があなたの声に求めていたものはそれだけでは無かったようだった。そしてあなたは私の声がほんの少し上ずったのを決して聞き逃すこと無く、私があなたの声に求めていたもう一つの物を的確に指し示して来た。 鼓膜に響き渡るあなたの声に集中し、その振動を脳や体中に染み渡らせてしまっていた私の服を脱がせることなどあなたにとっては容易い事だった。無論私にそれを拒む理由など全く無く、寧ろ私の脳は以前からそれを求めていたかの様な命令を体中に出し、体中に流れていたあなたの声と一緒になって私の体を占領していった。 私はあなたの口から出る言葉通りにに体中を反応させていた。その様子は押し殺しても漏れてしまう声によってあなたに伝えられていった。そしてその声は私に新たな言葉を投げかける格好の餌となり、それは私の新たな感覚を導く言葉となって返って来た。 行為が繰り返される最中も、あなたの低い声は私に一定の安堵感を許してくれていた。あなたが私に投げかかる言葉がどんなに淫靡な言葉であろうとも、私がそれに逆らうことなく安心して身を委ねる事の出来る空間を私の脳に作り上げてくれていた。 その空間の中で私は、何を躊躇う事無くあなたの声に反応し、言葉を返し、あなたが欲しがる私の体の情報を、あなたの心ゆくまでまで連呼し続けた。最後にはあなたの声と共に、その自ら発した言葉にすら私の体は反応していった。 全ての行為が終わるまで、私は片時も受話器を耳から離す事無く、そこから流れるあなたの声を鼓膜に響かせた。そして電話を切った後、いつまでもその鼓膜に残っている余韻を楽しみ続けた。 私がその余韻から醒めたのは体が冷え始め、汗で濡れた右耳よりも更に濡れた部分を体に見つけてしまったからだ。 |